半身不随となってやって来たわんこのクー(天使の輪装着)と、保護にゃんの大・おかか・つくね・うずら・ちまき・にまめが毎日にぎやかに過ごしています。
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まりもママから♪
2009年07月30日 (木) | 編集 |
まりもちゃん、ますますお顔が猫らしくなってきました 
体重ももうすぐ1kgになるとか。子にゃんこの成長は早いですねぇ~。

 まりも:「と~っても幸せにゃの
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その寝方は
2009年07月24日 (金) | 編集 |
       大:「シンクロニャイルド睡眠グ~
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     ママ:「うじゅたんまでそんな格好して~
     うずら:「にゃは

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くつろぐ男たち
2009年07月24日 (金) | 編集 |
 マッシロー・マックロー・えいこう:「晩飯まだかにゃ~」  
 私:「今 朝ご飯食べたばかりですからぁ~
  
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おやすみにゃさい♪
2009年07月23日 (木) | 編集 |
私のベットの足元に敷いたタオルは、おかかとつくねの寝場所。
ふたり寄りそってお寝むにつきます。
で、うずは私の隣、だっくんはクーパパの隣りでお寝むします。

  つくね:「眩しいにゃ~。早く電気消してほしいにゃ
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大:「父ちゃんのイビキがうるさくて、長くは居られにゃいけどね
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さっぱりしたね♪
2009年07月19日 (日) | 編集 |
朝のオムツ替えのあとそのままお風呂場へ行き、クーをキレイキレイしました。
十分に乾かしたあとは、しばらくおむつを外したままで休憩~

        クー:「気持ちよくなったわん!」
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まりもっちメール♪
2009年07月19日 (日) | 編集 |
つみれ改めまりもちゃんのママからメールをいただきました。
可愛いまりもちゃんとの生活を楽しんでいらっしゃるようです

        まりも:「大きくにゃったでちょ
まりもちゃん①
新顔のミー助
2009年07月17日 (金) | 編集 |
もどきとボシュ君の居るコミセンに、最近新顔のにゃんこの姿がありました。とても懐こい男の子。ボシュのご飯を横取りしそうになったり威嚇したりするので、この子にもご飯をあげました(お腹も満たされれば、ご飯を横取りすることもなくなりました)。ここに居ればご飯が届くのを覚えたこの子は、配達へ行くと待っているようになりました。なのでタマ抜きを条件に、毎日のご飯の配達を約束(笑) で、今日はクーパパがお休みだったので、夕方捕獲して病院へお届けしてもらいました。お迎えは明日の午後です。

名前はクーパパが“ミー”とつけましたが、男の子なので“ミー助”にしました。
  なんだかとっても普通~の名前(笑)

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   ミー助:「飯の変わりにタマ抜かれるんにゃって
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時には仲良し♪
2009年07月15日 (水) | 編集 |
ちょびちょびしてはだっくんの大きなお手手でパンチをもらううずだけど、
たまにはくっついて仲良しなおふたりさん

    大:「おとにゃしくしてれば可愛いにょに・・・
    うずら:「にゃ

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「バカだからしょうがない!」
2009年07月12日 (日) | 編集 |
もどきとボシュの晩ご飯の配達で、小型犬をお散歩していた飼い主ふたりのこんな会話がありました。
「うちのはな~んにも出来んでいかん」、「こいつはバカだでしょうがない」など・・・。
その子の前で悪く言うばかりの飼い主たち。
そんな言葉を聞いて思ったことは、「ちゃんとその子に教えていますかぁ~?」ってこと。
数年前、“犬と楽しく暮らす~家族としてのしつけ~”という講演会に参加しました。
人間もそうですが、初めは誰だって知らないことだらけ。ましてやどうぶつは人間の作ったルールなんて、知るわけがありませんよね。それを頭ごなしに“なんにも出来ない”と文句を言う飼い主。出来ないんじゃなくて知らないだけ。誰だって教えられてもいないことを出来るわけがないと思いませんか?わんこの躾って、実際わんこより人間のほうが学ぶことがとっても多いと感じます。わんこは人間の言葉が通じなくても、褒められようと一生懸命学習します。
楽しいことや嬉しいことは繰り返すようになっていきます。だから失敗しても叱るのではなくて、必ず最後は褒めて終わらせることが大切なんだそうです。人間だって叱られると分かっていたら、初めからやりたいとは思わないですもんね。
躾を楽しんで行うほうが、人間もわんこも長続きすると思います。
人間にとって問題行動と言われていることも必ず理由があるというこを、飼い主も考えなければいけないんですよね。
お互いが良い関係を築くことで、お互いにとっての楽しい暮らしにつながってくるんじゃないかなと。
勿論、溺愛っするのではなくて飼い主がリーダーシップをとるというこが大事だと思います~(間違った可愛がり方をする飼い主を時々見かけるけど、逆に可哀相だと思います 
例えば、人間の食べ物を与えるとか。「欲しそうに見ているからあげないと可哀相で・・・」って。それで病気になったりしたらもっと可哀相ですけど~

・・・と、まだまだ書きたいことは出てきますがこの変でやめときます(笑)

ふたりのそんな会話を聞いて、久しぶりに講演会の資料を読んでちょっとばかしマジメなことを書いてみました
最後に・・・
自分のわんこのことを悪く言っていた飼い主ふたり~。
その言葉、自分のことを言っているのと同じですよぉ~

「ぶちゃいくですねぇ~」
2009年07月10日 (金) | 編集 |
そんな言葉を言いながら、クーパパがお寝むしているうずをカメラでパチリしてた。
 うずら:「うじゅ・・・そんにゃにぶちゃいくかにゃ~・・・
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入りたいんだけど・・・
2009年07月10日 (金) | 編集 |
毛むくじゃら~ずのご飯が届き、空き箱となった段ボールにうずが入っていたので、
うずが通れるくらいの穴を開けました。


      うずら:「うずたん専用にゃんだも~ん
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入りたくてやって来ただっくん。うずを追い出し、入ろうとするけど・・・
     大:「おかしいにゃ・・・手しか入らにゃい
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        大:「今度は頭からやってみるにゃ」
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         大:「・・・結局入れにゃかった
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早く梅雨明けしないかな
2009年07月05日 (日) | 編集 |
   つくね:「暑さ以上に湿気が苦手にゃのよね~
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まりもちゃん♪♪
2009年07月03日 (金) | 編集 |
つみれ改めまりもちゃんのママから、画像付のメールをいただきました。
元気に落ち着きなく走り回っていて、なかなか写真が上手く撮れないそうです。新しいパパにもとっても可愛がられているそうで、既にまりもちゃん中心の生活になっているとのことです 私はまだまだ寂しさからか、空っぽになったケージを何気に見ていたり、歩く時は足下が気になってみたり(笑) 一緒に居た9日間は楽しいことばかりなのに、思い出ってなんだか寂しくて・・・。きっと現実の中にその姿が無いからなんでしょうね。でも、つみれを気に入って待っていてくれた新しいママとパパの、つみれを大切に思ってくださる気持ちがとってもよくわかるから、私は安心していられるんだと思います。

            まりも:「と~っても幸せにゃんでちゅ
まりも①     まりも②

ひとり遊び♪
2009年07月02日 (木) | 編集 |
うずは誰にも相手にされないと、ビニールの丸めたものをマットへ持っていってはひとりで遊びます。ビニールがどこかへ行っても取りに行っては、またマットの上でごろんごろんして遊びます。可愛いですね~うずたん

          うずら:「楽し~にゃ~
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救われない命たち
2009年07月01日 (水) | 編集 |
新聞に掲載された記事を転載させていただきました。
去年からずっと下書きのまま残っていた記事。


君と一緒に生きよう  ~最終回~

   -救われない命たち-

8月の末、私はこの連載最後の取材として某施設を訪ねた。
捨て犬や迷い犬が収容されるセンター、俗にいう保健所だ。

人との出会いで救われた犬の話を伝え続けた1年だった。が、それはごくごくひと握りの幸運な例にすぎず、大多数の捨て犬は救済を待てずに死んでいく。
その現実に直面しつづけた1年でもあった。

私はもう1年前のように単純な気持ちで、犬との生活を人様に勧められない。簡単に犬を飼う人は簡単に捨てる。飲み物に毛が入るから、との理由で犬を手放す飼い主がいる。不妊手術をしていない飼い犬に何度も子犬を産ませ、そのたびにセンターへ持ちこむリピーターがいる。そんな話を聞きすぎた。

人間の気まぐれで飼われ、捨てられ、センターへ収容された犬はどうなるのか?

最後にそれを伝えてこの連載をしめくくりたい。

犬の不幸を書くのはつらい。読むのもつらいと思う。無理強いはできない。
けれど、できれば目をそらさないでください。これは遠い世界の惨事ではなく、
私たちの社会の片隅に常にある茶飯事なのだから。

その建物は人気のない土地にひっそりとあった。足を踏み入れると、敷地内の空気は重かった。これは私の感傷のせいかもしれない。

午前9時半、センター職員の案内で犬の収容場所へ通された。どうか、いませんように。祈りもむなしく、檻の中には多くの犬がいた。恐怖で表情を失っている犬。所在なげに徘徊している犬。尾を振り寄ってくる犬。その多くは飼い主に捨てられた犬たちだ。中には首輪をつけた迷い犬もいるけれど、飼い主が現れる犬は全体の2パーセント程度にすぎないという。

だから、死んでしまうのだろう。今日ここにいる犬たちも、飼い主が迎えにくると信じたいけれど、そう信じて救われるのは私だけだ。実際問題、彼らは数日後に葬られる。
その現実を噛みしめながら、1頭1頭の姿を瞳に刻んでいく。

歩みを進めるにつれ、檻の中にいる犬たちに残された時間は減っていく。収容されたばかりの犬は一番手前の部屋に入れられ、日を追うごとに奥へ、奥へと移動させられるのだ。収容期間は自治体によって異なるが、最も奥の部屋へ行きついたその日が彼らの命の果てるときだ。

奥へと進むほどに私の足も重くなる。鼓動も速まる。殺処分の時刻が近づいていた。

犬の保護に携わる方々のお陰で今回は特別に許可が下りたが、通常、殺処分の現場へ部外者は立ち入れない。どこのセンターでも見学できるのは死の一歩手前までだ。理由は「規則だから」の一点張りで、なぜそのような規則があるのかと尋ねたところ、「あまりにもショッキングで見せられないため」との声も返ってきた。「あまりにもショッキング」な方法で犬たちは殺されているわけである。

その日、処分対象の成犬は12頭いた。どの犬も元気で若々しく、毛並みもきれいで飼い犬となんら変わらない。彼らだって捨てられるまでは誰かに飼われていたのだ。
今、この瞬間も飼い主が迎えにくるのを待っているかもしれない。

しかし、迎えは現れない。死へ直結する最後の部屋にいた彼らは、リモート操作で動く壁により、否応なしに通路へ追われていく。

最後までいやがり、逃げまわっている白い犬がいた。白熊みたいにもこもことした中型犬。人懐っこそうなその犬も、ついには通路へ追いやられた。今度は通路の壁が動き、12頭をガス室へと誘導する。人の手を一切介することなく、彼らは処刑場に収納された。

ガス室はステンレス製の四角い箱型で、側面にはのぞき窓がついている。その窓から見える12頭は皆、ひどく混乱しておろおろとしている。ここはどこ? 何が始まるの? 恐怖と不安で息が荒い。

炭酸ガスの注入が始まると、ますますその息は荒くなる。そして彼らはがくがくと痙攣を始める。1頭、また1頭と倒れていく中で、さっきの白い犬が窓ガラスを隔てた私たちの存在に気づいた。助けを求めるようにやってくる。最後の力をふりしぼって窓ガラスに前脚をかける。目が合った。死にたくないと全力で訴えている目。

ごめんね。私には心で謝るしかできなかった。ごめんね。助けてあげられない。
あなたの名前もわからないから、誰にも伝えてあげられない。

これだけ鮮明な死を前にして何もしないのは、私が殺しているのも同然だ。
そう思いながら犬たちの絶命を見届けた。

炭酸ガスの注入から数分後には、どの犬も動きをなくしていた。
苦しみ、あえぎながらみんな死んでしまった。

「なぜ、せめて安楽死をさせてやれないんだろうね。」

殺処分から十数分後、職員のひとりがガス室に入り、12頭の臨終を確認していった。1頭1頭きれいに横たえ、両手を合わせるその目は濡れていた。

「毎回、涙が出る。」

多い日には30頭以上が処分を受けるという。それが日本各地のセンターで毎朝繰り返えされている。一方でペット産業は大いに栄え、インターネットのオークションでは1円から犬が取引されている。

この社会は果たして健全だろうか。私たちは子供に「命を大切にしましょう」と言えるのか。

生きたい。

そう叫んでいた犬の瞳を脳裏に焼きつけ、今後も考えつづけたい。


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